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5世紀頃の古墳 東区の牡丹山諏訪神社内に/新潟

新潟市東区の牡丹山諏訪神社内に、5世紀頃に造られたと思われる古墳があったことが、新潟大人文学部の橋本博文教授(考古学)らの調査で明らかになった。古墳からは大和政権とのつながりを示唆する須恵器の破片も見つかった。橋本教授は「大和政権と密接な関係を持つ有力者がいた可能性を示しており、非常に重要な手がかりだ」と話している。

同神社では昨年8月、5世紀前半に作られた円筒埴輪の破片が発見されたことから、橋本教授らは神社内に古墳があるとみて調査していた。昨秋の測量・地中レーダー探査、今月1日に始めた発掘調査の結果、本殿近くの参道を中心に直径約30~36メートルの円墳があることがわかった。周囲には堀が巡らされ、80~120センチ掘り下げた地中からは、周りに置かれていたとみられる円筒埴輪の破片も約200個見つかった。

また、縦6センチ、横4センチ、厚さ8ミリの須恵器の破片も発見された。波模様が3段あることなどから、5世紀前半の須恵器で、つぼなどを載せる台として使われていたものという。須恵器は、大和政権が朝鮮半島から職人を呼んで技術を取り入れ、堺市などの陶邑窯跡群で作らせて地方の有力者に配ったとされる。その破片が見つかったことから、古墳は当時大和政権とつながりのあった有力者の墓の可能性が高いという。

橋本教授によると、見つかった須恵器の破片は県内最古。三条市や胎内市などで見つかっている古墳から、下越地方には4世紀頃まで有力者がいたことはわかっていたが、その後は南魚沼市などに有力者の痕跡が移っており、5世紀頃の下越は「空白の時代」となっていた。

橋本教授は「7世紀に東区にあったと推測されている大和政権の軍事拠点『渟足柵』にもつながる発見だ。当時の新潟が大和政権で重要視されていたことを解明していきたい」と話している。

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http://www.yomiuri.co.jp/local/niigata/news/20140916-OYTNT50340.html