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“卑弥呼の墓”と類似、古代史解明の鍵に 京都・五塚原古墳/京都

京都府向日市埋蔵文化財センターと立命館大が、同市寺戸町にある3世紀半ば~後半の大型前方後円墳「五塚原(いつかはら)古墳」で進める発掘調査で、次々と重要な成果が出ている。卑弥呼の墓といわれる「箸墓(はしはか)古墳」(奈良県桜井市)との類似点が発見され、近くにある日本最古の祭殿施設があった「中海道遺跡」との関連も指摘される。古代史を解明する上で鍵となる可能性が高まり、研究者から注目を集めている。
「今回の調査で、五塚原が箸墓をモデルに造られた最古段階の古墳だったことが裏付けられた」と市埋蔵文化財センターの梅本康広調査係長は話す。8月上旬から10月末まで実施した調査で、この2古墳にしかない2点の特徴が確認された。
一つは「斜路状平坦面(しゃろじょうへいたんめん)」といわれる構造。側面にある段の平坦面は、後円部とのくびれ部から前方部の端に向けて勾配があり、先端は大きくせり上がっている。もう一つは、平坦面が前方部と後方部のくびれ部で途切れている点だ。
箸墓では、2012年に実施されたレーザー照射による3次元(3D)測量で構造が確認されている。五塚原の大きさは箸墓の3分の1だが、側面の構造を比べると一致する。
同時期の古墳は丘陵地の斜面などの地形を利用していることに対し、墳丘をほぼ盛り土で築いている点も共通している。3世紀半ば~4世紀半ばの古墳時代前期の古墳では五塚原と箸墓だけという。全体は葺(ふ)き石などが施され、外見はピラミッドのような石の建造物に見えたようだ。
ただ、遺物の有無は異なる。現段階では、箸墓にあった埋葬時の祭祀に使用した土器や埴輪(はにわ)は五塚原からは出ていない。可能性としては祭りの形式が確立する前の古墳だったことなどが挙げられ、祭りの変遷や前方後円墳について考える上で貴重な資料となり得る。
箸墓は宮内庁が立ち入りを禁じているため、ほぼ当時の姿をとどめている五塚原の来年度以降の調査がこれまで以上に期待されることになりそうだ。箸墓をはじめとした出現期の古墳の姿が明らかになり、王権の確立や構造を解く上で、基礎資料となる重要な役割を担う古墳になるかもしれない。

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