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河合・広陵町、県営馬見丘陵公園 古墳彩る花々に人気/奈良

県南西部の馬見丘陵に約250基の古墳を有する馬見古墳群は、ヤマト王権の謎を解く重要な遺跡群として近年注目されている。一方、同古墳群の一部を保護するため建設された古墳公園・県営馬見丘陵公園(河合・広陵町)は最近、花の名所としても人気を集める。王墓と花という意外な取り合わせに興味を抱き、チューリップが咲く公園を訪れた。

馬見古墳群が注目される理由は、大和川中流域に位置する立地だ。ヤマト王権を物語る古墳群は奈良、大阪両府県の大和川流域に分布。古墳時代前期は、卑弥呼の墓とされる箸墓古墳(桜井市)がある纏向(まきむく)・柳本・大和(おおやまと)古墳群や佐紀盾列(さきたてなみ)古墳群(奈良市)など上流域に巨大古墳が目立つ。

巣山古墳から出土した埴輪は、広陵町文化財保存センターに展示されている=奈良県広陵町で、皆木成実撮影
ところが中期には誉田御廟山(こんだごびょうやま)古墳(応神天皇陵、大阪府羽曳野市)の古市古墳群、大仙陵(だいせんりょう)古墳(仁徳天皇陵、堺市)の百舌鳥(もず)古墳群など下流域に移動。王朝や王権内の盟主の交代など理由は諸説あるが、中流域の馬見古墳群の勢力が動向を左右していたとされる。

国特別史跡に指定されている巣山古墳(広陵町三吉)は全長220メートル。分布で北、中央、南の3群に分けられる馬見古墳群の中央群で最大の古墳だ。同町教委が継続的に調査を実施し、2003年に古墳に付随する祭祀(さいし)場「島状遺構」、06年は葬送用の船「喪船(もせん)」が見つかり、古代人の宗教観を物語る発見とされた。4世紀末の築造で佐紀陵山(さきみささぎやま)古墳(日葉酢媛命(ひばすひめのみこと)陵、奈良市)、津堂城山古墳(陵墓参考地、大阪府藤井寺市)と同時期同規模の前方後円墳であるにもかかわらず、陵墓指定されていないため、調査しやすい点も魅力だ。

被葬者は有力豪族の葛城氏ともされているが、広陵町文化財保存課長の井上義光さん(56)は「陵墓級の古墳規模、埴輪(はにわ)が陵墓出土品と似ている点、石材などが他地域から運ばれていることなどから、単なる豪族の墓と解釈できない。王権のナンバー2のような存在だったのでは」と推測する。

馬見丘陵公園は巣山古墳の北隣に1991年に開園。56ヘクタールの園内に大型古墳だけでも約10基もあり、開発から遺跡を守る役割も果たす。人気を集めるのは復元整備されたナガレ山古墳(105メートル、5世紀)で、ずらりと並ぶ復元埴輪列が壮観で、約5キロ北の法隆寺とセットで社会見学をする学校も多い。乙女山(おとめやま)古墳というロマンチックな名の古墳もある。

一方、同公園は最近、花を楽しむ名所としても人気を集める。転機となったのは10年秋の全国都市緑化ならフェア。約43万人もの入場者を集め、県が植栽に力を入れるようになった。公園開設当時から整備に携わる前公園館長の清水恒治さん(60)は「予想以上の反響を受け、『古墳と花』二枚看板の公園として整備する方向に転換した」と語る。

公園を彩るのは春のチューリップ、夏のヒマワリ、秋のダリアと色鮮やかな花々。王墓群と共存する風景は新鮮で、「古代史の奈良」の新しい魅力になりそうだ。

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http://mainichi.jp/articles/20160413/ddl/k29/040/588000c