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やまと人模様 建王の保久良古墳を町に寄付 東山忠男さん/奈良

斉明天皇、和歌の舞台 東山忠男さん(73)=大淀町

取材したのは2日の朝。「斉明さんのだんなさんの墓が見つかるとは。驚いた」。明日香村の小山田(こやまだ)古墳(640年ごろ)が、舒明(じょめい)天皇(593~641年)の墓の可能性があると報じた同日朝刊の記事に興奮気味だった。

斉明天皇(594~661年)は舒明天皇の皇后で、天智天皇の母。天智の子の建王(たけるおう)(649~658年)は生まれつき声が出せず、亡くなった時、なきがらを「今城(いまき)谷」に仮安置した。可愛がった斉明天皇は「自分が死んだら合葬するように」と言い残し、王をしのぶ歌を作り泣いた。(「日本書紀」より)

実際に合葬されたのかは不明だが、「今城」は一帯の古名。江戸時代・1736(享保21)年の「大和志」は、保久良(ほくら)古墳を仮安置場とみなした。自宅裏にあるその古墳は、横穴式石室を持つ7世紀前半の円墳で、直径約15メートル、高さ約4メートルある。

小さい頃は古墳とは知らず、「普通の山や」と思って石室に入り遊んでいた。高校生になり父親が、「天皇の墓ではないか」と近所の教師から聞いて、手入れを始めた。作業を引き継いで2004年に町に寄付。「肩の荷を下ろしたような気がした」。12年には町文化財に。今月末まで町教委が調査している。

20年ほど前から、古墳に人が訪れるようになり、現在も月に10人ほどが来る。和歌を作る人が、斉明天皇が建王をしのぶ歌の舞台を訪ねてきているようだという。「先祖はよく守ってきた。ええことをしたんやな」と思う。

記事のページ:
http://mainichi.jp/articles/20170307/ddl/k29/070/661000c