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二子山古墳、南墳も円墳 京都・宇治、国史跡指定へ前進/京都

京都府宇治市は22日、墳丘の形状が不明確だった宇治二子山古墳の南墳(同市宇治、5世紀後半)について、発掘調査の結果、直径30メートルほどの円墳と確認したと発表した。同市は同古墳一帯の国史跡指定を目指しており、墳丘の形が判明したことで指定の前提となる調査が前進した。

宇治二子山古墳は宇治川右岸の丘陵上にある南北2基の古墳で構成されている。1968年の発掘調査で北墳(5世紀中ごろ)は直径42メートルの円墳と確認されていた。

同古墳一帯は2015年に宅地開発計画が持ち上がったが、市は景観に悪影響があるとして、国史跡指定や公有地としての買い取りで開発を防ぐ方針を示している。

調査は南墳の4カ所を発掘した。うち2カ所で、大きく弧を描くような墳丘の裾跡が見つかり、南北30メートル、東西34メートルの円墳であることが分かったという。

1968年の調査では南墳の埋葬施設から甲冑(かっちゅう)や剣、鏡や玉など古墳時代中期を代表する副葬品が見つかっているが、今回調査では墳丘はふき石による装飾がされておらず、埴輪(はにわ)列も配置されていないことが分かった。

出土品の豪華さと墳丘の簡素さに落差があり、市歴史まちづくり推進課の大野壽子主任は「どういう人物が埋葬されたかの調査を今後進めたい」と話している。

調査地は見学路の安全確保が難しく、一般向けの現地説明会は予定していない。

■莵道宮との関係も
京都府立大の菱田哲郎教授(考古学)の話 宇治二子山古墳は宇治川の渡しを見下ろす場所にあり、(応神天皇の皇子)莵道稚郎子(うじのわきのいらつこ)の営んだとされる莵道宮との関係も想定される。5世紀における宇治地域の特性を理解する上で、今回の成果が重要な意味を持つと考えられる。

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http://www.kyoto-np.co.jp/local/article/20170323000035