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富加町の古墳群、首長3代の墓と判明 一つの谷「珍しい」/岐阜

富加町夕田地区にある蓮野古墳、杉洞一号墳、県史跡の夕田茶臼山古墳は、弥生時代から古墳時代にかけて、一代に一つずつ築かれた首長の墓群とみられることが、町教委の調査で分かった。専門家は「一つの谷に三代にわたる墳墓があるのは極めて珍しい」と注目する。「蓮野古墳」では二十五日午後一時半から、一般向けの現地説明会がある。

町教委によると、三つの墳墓群は、蓮野古墳が二世紀後半、杉洞一号墳が三世紀初頭、夕田茶臼山古墳が三世紀半ばに造られたとみられる。いずれも円形と長方形の墳丘がつながった形で、土の盛り方などの築造方法も共通しているという。

町教委は二〇〇九~一二年度に夕田茶臼山古墳、一六年度に杉洞一号墳を発掘調査し、築造の年代や方法などを確認した。昨年十一月から蓮野古墳の調査も開始。国立歴史民俗博物館の広瀬和雄名誉教授ら四人の指導を受けながら、三つの関連を調べてきた。

蓮野古墳は全長約三十メートルで、方形部の深さ約二メートルから弥生末期のものとみられる土器「器台」が二つ並んで出土した。築造を始める際、地鎮のために意図的に埋めたらしい。

長軸約十八メートルの楕円(だえん)形の埋葬部は、後世に別の墓として二次利用されたことが判明。地下一・二メートルに掘られた当初の墓穴の上に、横穴式の石室が造られており、室内から古墳時代末期の七世紀ごろの須恵器も見つかった。今後、元の墓を蓮野一号墳、石室を蓮野二号墳と名付ける。

町教委の島田崇正学芸員(44)は「伝統的な方形や円形から、古墳時代に定型化した前方後円墳に至る過渡期の墳墓群で、当時の美濃の社会状況を示す貴重な情報が得られた」と話している。

現地説明会の集合場所はとみか保育園駐車場。(問)町郷土資料館=0574(54)1443

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