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【目指せ不思議スポット】石室に入れる貴重な遺構「八幡山古墳」/埼玉

全国の遺跡を巡る上で、古墳は避けて通ることができないものだ。古墳は悠久の時を越え、街中でも山中でも意外なほど生活の身近に存在する古代の遺物。

文化庁の調べによれば、これまでに確認されている古墳は全国で16万基以上にのぼるというが、まだまだ見つかっていないものもたくさんあるに違いない。

そんなミステリアスな古墳の中に入ることのできるスポットがいくつか存在する。今回訪れたのは、埼玉県の「八幡山古墳」だ。これは古墳時代の後半に築造された若小玉古墳群の1つで、直径およそ80メートルの大型円墳である。

もともと一部が露出した状態が長く続き、1934年に干拓事業に用いるために盛土が運び出されたことから、石室が剥き出しになった。

これにより本格的な発掘調査が進められ、その結果、秩父産の巨大な緑泥片岩と安山岩で築造された、前・中・奥室の3室で構成される全長16.7メートルの大きな石室であることが確認されたのだ。

これは奈良県の明日香村にある、やはり古墳時代後期のものとされる「石舞台古墳」に似た構造で、八幡山古墳は「関東の石舞台」とも呼ばれるようになった。

発掘調査の際、漆塗木棺の破片や銅鋺などの豪華な遺物が発見されていることから、ここに埋葬されたのは、相当に位の高い人物であると目されている。

なにしろ漆塗木棺は、天武天皇や推古天皇など飛鳥時代の皇族の墳墓に用いられるもので、全国でも6例しかない最高級品なのだ。当然、被葬者の正体に関する議論が盛り上がり、今のところの最有力候補は、物部兄麻呂とされている。

物部兄麻呂は『聖徳太子伝暦』にも登場する太子の舎人(身の回りの世話をする付き人)で、舒明天皇5年(633)に武蔵国造に任命された人物だ。要は、現在の東京・神奈川・埼玉を包括する広い範囲の支配者だから、まさに大物中の大物と言っていい。

こうした古墳が復元・整備され、今日こうして石室が一般開放されているのは、僥倖というほかない。往時の埋葬スタッフでもないかぎり、決して見ることのできない光景に触れられるのだ。

入り口から石室の中へ入っていくとすぐ、羨道の途中に八幡社が祀られているのが確認できる。そして奥へ進むと、前室、中室と順に通過し、最深部の奥室に突き当たる。

奥室はドーム型で、本来こうした空間が人知れず土中に埋まっているのかと、言いようのない感慨が得られる。これは貴重な体験だ。

なお、行田市内には、埼玉古墳群を整備した「さきたま古墳公園」がある。日本の歴史公園100選にも選ばれた県営の都市公園で、広大な園内には8基の前方後円墳のほか、日本最大の円墳である丸墓山古墳が現存している。古墳の頂上から眺めるのどかな風景は、実に気持ちのいいものだ。

※以上、友清哲氏の新刊『消えた日本史の謎』(知恵の森文庫)から再構成しました。謎の構造物、おかしな物体、奇妙な伝承、未解明のパワースポット…不思議をめぐる旅の記録です。

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