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王山古墳群に社殿再建 史跡価値高め、活用に弾み/福井

鯖江市の国指定史跡「王山古墳群」は、弥生時代から古墳時代にかけての墓制の変遷を知ることができる貴重な史跡である。今秋には墳墓が築かれた頃の伝承を刻む神社の社殿が約600年ぶりに再建される。史跡の価値をあらためて確認し、保存活用の機運を高める機会としたい。

史跡は鯖江台地南端の小高い丘陵「王山」にある。中核となるのは3~4世紀の墳墓で、一辺10メートル前後の溝を巡らした「方形周溝墓」であることが1965年の発掘調査で判明。溝の内側には、台形状に土が盛られた墳墓が古墳時代以前にも存在していたことが分かり、注目された。67年の史跡指定を受け、市教委は2008年までに2度の整備事業を行って墳墓外観を復元、遊歩道で周遊できるようにした。

今回、古墳群の東側斜面に「大山御板(おおやまみた)神社」が再建されることになった。室町時代にふもとの舟津神社に合祀(ごうし)されて以来、長く再建されずにいた。近年、舟津神社が伊勢神宮の式年遷宮により撤去された古材を譲り受けることとなり、再建計画が持ち上がった。国指定史跡内のため市教委が発掘調査を実施して遺構がないことを確認、文化庁の許可を得て今夏着工した。

面白いのは、創建にまつわるエピソードだ。「舟津社記」によると、崇神(すじん)天皇の時代に北陸平定のため派遣された大彦命(おおひこのみこと)が猿田彦命の導きでこの地を訪れ、天に祈ると「佐波之矢(さはのや)」が降ってきて反抗勢力の大将に命中。一帯を平定したとされる。山の上に創建された猿田彦命を祭る大山御板神社は上の宮、山裾の大彦命を祭る舟津神社は下の宮と呼ばれた。この伝承の矢「サバヤ」が鯖江の地名の起源という説もある。

神社の伝承はヤマト王権によって地方が平定されていく過程を物語っており、王山古墳群はそうした時代の遺跡だ。上の宮の再建について市教委文化課では「歴史的背景や史跡の景観を補完するもの。史跡の活用という観点からも意義がある」と評価する。

今秋の完成に向けて、史跡をより広く知ってもらうため、関係機関で見学会や講座などを企画してはどうだろう。同じ時代の丹南周辺にはヤマト王権と密接な関係にあったことを示す首長墓も見つかっている。これらの遺跡と王山古墳群との関連など研究の深化にも期待したい。

王山古墳群が発見されたのは1928年ごろで、10年後には100年の節目を迎える。それに向けて、史跡の価値を発信する再始動の年としたい。

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http://www.fukuishimbun.co.jp/articles/-/706401