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城の山古墳(胎内)国史跡に指定 島道鉱泉(糸魚川)も/新潟

国の文化審議会は16日、約1700年前の4世紀の古墳時代前期に造られた胎内市大塚の「城(じょう)の山古墳」など9件を新たに史跡に指定し、保護するよう柴山昌彦文部科学相に答申した。新潟県関係では、糸魚川市にある島道鉱泉の主屋と離れを建造物の登録有形文化財とするよう求めた。

城の山古墳は、この時期の古墳としては日本海側で最北に位置する。出土した豊富な副葬品から、被葬者と大和政権との密接な関わりを想定させ、大和政権の北国政策の一端を示す。

通称「ひとかご山」「大塚山」と呼ばれ、現在のところ円墳と考えられている。直径約40メートル超で、県内では新潟市秋葉区の円墳「古津八幡山古墳」(直径約60メートル)、同市西蒲区の前方後円墳「菖蒲(あやめ)塚古墳」(全長約54メートル)に次いで3番目に大きい。胎内市教育委員会が1997年から調査を開始。2015年までに第9次調査を終え、報告書をまとめている。

全長8メートル、幅約1・5メートルの舟形木棺から、ひすい製の勾玉(まがたま)、矢を入れる筒「靫(ゆき)」、直径約10センチの中国製の銅鏡「盤龍鏡(ばんりゅうきょう)」、弓に付ける国内最古の両頭金具、鉄製の大刀(たち)などが出土した。中でも靫は出土例が少なく、滋賀県以北では見つかっていなかった。

発掘調査指導委員長で、新潟大の橋本博文教授(64)は「大和政権の北方支配の拠点と考えられる。将来的には、出土品も重要文化財となることに期待したい」と語る。

盗掘に遭っておらず、木棺内にあった副葬品の保存状態が良かった上、配置が分かったことも学術的に価値があるという。副葬品の内容は畿内の古墳と共通し、被葬者が大和政権にとって重要人物だったことを表している。また、木棺内にあった人骨は、DNA解析などで未成年の可能性が高いとされる。

調査を担当した胎内市教委生涯学習課の水沢幸一参事(51)は「指定は遺跡を整備活用していくための第一歩。今後も頑張りたい」と話している。

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文化審議会は、豊臣秀吉が関東の徳川家康ににらみを利かせるため築かせた「甲府城跡」(甲府市)などを史跡に、戊辰戦争で自刃した会津藩の白虎隊士を祭る「会津飯盛山白虎隊士墳墓域」(福島県会津若松市)など3件を登録記念物にすることも求めた。

いずれも本年度内に答申通りに告示され、史跡・名勝・天然記念物は3268件、登録記念物は110件、重要文化的景観は64件、、建造物の登録有形文化財は1万2128件になる。

◎糸魚川島道鉱泉 伝統的湯治場の風情 木造2階建て、切妻造

糸魚川市島道の島道鉱泉は、山あいに建つ湯治場だ。県教育委員会によると、主屋は1923年ごろの建築で、木造2階建て切妻造(きりづまづくり)。1階東側に天然ガスを引いた囲炉裏(いろり)のある茶の間や仏間、西側には座敷を配置するなど、東側を下手、西側を上手とする空間の序列が明快に分かる。41年ごろに建築された離れとともに、伝統的な湯治場の風情を伝えている。

運営会社の「島道鉱泉」代表の能登はるみさん(50)によると、鉱泉は奴奈川姫がつくり、薬師如来によって世に出されたという伝承があり、湯治場としては100年以上の歴史がある。瞽女(ごぜ)が疲れを癒やしに滞在することもあったという。

現在は予約制で日帰り客を受け入れている。能登さんは「建築に詳しい地元の人が文化財の制度をアドバイスしてくれるなど、いろいろなご縁があって登録につながった」と感謝した。

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