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【関西の力】発掘魂(1)宮内庁に激震、文化庁より格上…「飛鳥美人」守る村/奈良

古代の日本の首都として、宮殿跡や天皇の古墳などが集中する奈良県。なかでも、7世紀の飛鳥時代に歴代天皇が都を置いた飛鳥地域(明日香村、橿原市)の発掘調査は、奈良文化財研究所(奈良市)や奈良県立橿原考古学研究所(橿原市)という日本を代表する研究機関に加え、人口わずか5600人ほどの明日香村などが担う。「日本」という国がいつ誕生したのか。その謎を探るべく、互いに競うように土を掘る。

直感で世紀の発見 「飛鳥のシュリーマン」

雨雲が垂れ込めた昼下がり。真っ暗な石室の中に、雲の切れ間から一筋の陽光が差し込んだ。

「壁に色のついた絵がある。人の顔や」

昭和47(1972)年3月21日、明日香村の高松塚古墳を調査していた当時関西大助教授だった網干善教さん(故人)は声を上げた。

のちに「飛鳥美人」と呼ばれる壁画が発見された瞬間だった。押し入れほどのスペースしかない石室(全長2・6メートル、幅、高さ約1メートル)に、赤や黄、緑などカラフルな宮廷衣装をまとった貴人が描かれていた。

発掘のきっかけは村の歴史好きの男性7人。古代ギリシャのトロイ遺跡(トルコ)を発見した民間のドイツ人、シュリーマンにちなんで「飛鳥のシュリーマン」と呼ばれた。農作業など仕事の合間を見つけては村を歩き回り、古代の瓦や土器を探していた。

「あす絵が落ちるかも…写真いま撮影してほしい」

高松塚古墳の調査は偶然だった。地元の農家が、ショウガを保管する穴を掘ると、レンガ状の石が見つかった。この話を聞きつけた彼らが「特別な石では」と直感。村出身の網干さんに伝えて発掘が実現した。

メンバーの一人、花井節二さん(77)にとって、忘れられない一枚のカラー写真がある。石室の天井から垂れ下がった木の根の向こうに、壁に描かれた飛鳥美人が写っている。

「明日になったら絵が落ちるかも分からん。今のうちに撮ってくれ」。網干さんが花井さんに指示した。カメラが趣味で、当時はまだまだ珍しかったカラーフィルムを現場に持ってきていた。石室は真っ暗。フラッシュは丸い電球を一つずつ光らせるタイプだ。「手元に丸球が4つしかなかった。懐中電灯も奥まで届かへん。よう写ってくれた」

この発見は日本中に考古学ブームを巻き起こし、佐藤栄作元首相も古墳を訪れて、こう語った。「国を挙げて守らなければいかん」

住民ら国を一喝

壁画保存は国家事業となった。文化庁はその後、一貫して壁画は良好に保たれていると説明していた。しかし事実は違った。石室内には頻繁にカビが発生し、西壁に描かれた白虎は薄れて消滅寸前。平成14(2002)年には石室内の点検中、壁画の一部が損傷する事故もあった。

同庁がこうした事実を公表したのは、マスコミ報道を受けた平成16年以降で、「隠蔽(いんぺい)」との批判を浴びた。

中でも怒りをあらわにしたのが明日香村だった。「裏切られた」「文化庁は出入り禁止だ」。当時の村長や住民らは語気を強めた。

行政組織には、地方分権が進んだとはいえ、国→都道府県→市町村というピラミッド構造がある。しかし高松塚に関しては逆だった。「文化庁の上には明日香村がいる」。関係者の間でささやかれるほどだった。

宮内庁揺るがす

その背景には、歴史遺産を守ってきたという住民らの矜持(きょうじ)があった。19年には壁画保存のため石室が解体され、修復により発見時の輝きをほぼ取り戻した。

文化庁にとどまらない。宮内庁を揺るがす発掘をしたのが明日香村教委だ。22年、飛鳥時代の女帝、斉明天皇の墓との説がある牽牛子塚(けんごしづか)古墳を調査し、天皇クラスに限定された八角形の古墳と判明。古墳のすぐ前からは未知の石室が見つかった。日本書紀には、斉明天皇陵の前に孫の大田皇女(おおたのひめみこ)を埋葬したと記され、書紀の記述とぴったり合った。斉明天皇陵について宮内庁は2・5キロ西の同県高取町内に指定しているが、村教委の発掘でほぼ否定された。

奈良文化財研究所で飛鳥を20年以上調査し、同村文化財顧問を務める木下正史・東京学芸大名誉教授(76)は言う。「飛鳥は日本という国が形作られた政治の舞台。村の人たちにとっては子供の頃の遊び場で、どこに何があるか本当によく知っている」

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