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大山古墳の発掘調査 築造年代絞れる埴輪出土/大阪

国内最大の前方後円墳、大山古墳(仁徳天皇陵)で、宮内庁と地元の堺市が昨年行った発掘調査の成果が先月、堺市で開かれた講演会で報告された。築造年代の手がかりとなる円筒埴輪が出土するなど、これまでベールに包まれていた実像の一端が明らかになってきた。

陵墓への立ち入りは原則認められていないが、昨年10~12月、保全整備に先立つ資料収集のため、墳丘(全長525メートル)を囲む2重の堤のうち、内側の第1堤(幅約30メートル)の東南部3か所が発掘された。それぞれ堤を横断するように幅2メートルのトレンチ(溝)を掘ったところ、堤の外側の濠際で、直径約35センチの円筒埴輪が4、5本ずつ並んでいるのが確認された。

現場は11月に研究者と報道陣にも公開された。視察した一瀬和夫・京都橘大教授(考古学)は、古墳の築造年代の目安となる、埴輪表面の「はけ目」に注目する。今回確認された埴輪は、編年で430年代ごろとされるものと特徴が一致していたという。「築造年代はこれまで土師ニサンザイ古墳(堺市)、允恭天皇陵(市野山古墳、大阪府藤井寺市)と同時期(440~450年代)とする見方があったが、より古い傾向を持つことが明らかになった」と強調する。古墳時代中期の巨大古墳の編年を考える上での重要な成果だ。

一方、ほかの巨大古墳とは異なり、堤の内側では埴輪列は確認されなかった。当初からなかったのか、濠の水の浸食などで失われたのか、さらなる検討が必要だ。一瀬教授は、埴輪の直径や間隔から、「墳丘や第2堤と合わせて、古墳全体で3万本以上の埴輪が並んでいたのでは」と推測する。

堤の平坦面には、こぶし大の石が敷かれていた。墳丘や堤の斜面を石で葺くのは一般的だが、杉井健・熊本大准教授(考古学)は「堤の平坦面にまで石敷きを施す例は聞いたことがない。古墳全体が丁寧な仕事で築かれており、改めて被葬者の権力の大きさがうかがえる」と話す。

宮内庁が陵墓の発掘調査を、自治体と協力して行うのは今回が初めて。同庁は出土遺物を分析中で、2019年度の紀要で報告予定。堺市との共同発掘も続ける方針だ。

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https://www.yomiuri.co.jp/culture/20190312-OYT8T50084/