第九回「鯨古墳考」
投稿日:2014年6月15日
関東が梅雨入りしたというある日、友人の見舞いで中野の病院へ行くことになった。
律儀なまでに生憎な大雨の中、愛チャリ兵長号(仮)を駆り出すこともできず、とはいえ電車に乗るほどの距離でもないため環七をテクテク歩くあたくしこと健脚商売人。
病院に着くと、膝の手術を受けたという友人の無事を確認し、晴れていたらさぞや眺めが良いであろう8階の病棟ロビーで世間話ののち「お大事に」と小一時間ほどで病院を出た。
時計を見ると午後4時。実はこの日、別件で7時から西武新宿線の沼袋に用事があった。しかしここから沼袋まで、歩いて行っても30分もかからず着いてしまう。
嗚呼、3時間もあまってしまった…。
おのれのスケジューリング能力のなさに失望し、傘をさしたまま行き場を失い立ち尽くしたその時、あたくしの頭の中で、ふとこんな言葉が頭に浮かんだ。
(このへんに、古墳ないかな…)
え…?
あれ、あたくし今なんと?古墳?古墳ないかなっておっしゃった!?
あまりにも自然に浮かんだ驚愕の思いつきにショックを隠せないノンポリ第一会員。
やだッ!なにッ!?自分キモッ!なに「時間あるから古墳」って!?フツーにお茶で良くないッ?本屋で良くないッ?!
混乱する思考をなだめながら上目遣いに考える。…きっとこれはうちの協会の洗脳に違いない。ホラホラ!あーたがたが日頃あんまりコーフンするからあたくしまでこんなこと普通に思いつくカラダになってしまって…ッ!!
…しかし、思いついてしまったものは仕方ない。実際3時間はすることがないのだ。
とりあえず携帯を取り出し、いつもの会長方式でネット検索。
「東京 中野 古墳」…あ、あった。それも、
「沼袋氷川神社付近古墳」
なんと次の用事がある沼袋駅からすぐの場所である。
まあ、ここだな…
とりあえず「いまここ」の自分に対するすべての疑問をいったん封印し、一路テクテク沼袋へ。
30分後…
無事に氷川神社に到着。駅近を唱うだけあり今回はさすがのあたくし@方向音痴も迷うことなくたどり着いた。
うむ、中規模ながらなかなか立派な神社である。
夕方5時をまわった境内には誰もおらず、本殿に降りしきる雨がなんとも言えぬしっとりと奥ゆかしい風情をかもしだしている。
鳥居をくぐった時点で思ったのだが、なんつーかここの神社、小高くなった本殿や社務所を含めた境内の敷地のバランスがとてもちょうどよい。絶妙に手のひらサイズっつーか、うまく言えないんだが、目にも心にもおそろしく心地よいのである。
さて、一応お参りしてから古墳探しにかかる。
「氷川神社付近古墳」か。付近、というくらいだから敷地から少し外れたところにあるのかとあちこち回ってみたが、敷地の中にも外にもどうもそれらしい看板も気配もない。試しに七福神案内係のタヌキや狛犬にも訪ねてみたが無視された。
ありー、古墳どこー?
途方にくれながらふと人の気配がして見ると、社務所に神社の人がいるのを発見。あ、あの人に聞けば…。最後の望みをかけて社務所に近づき、中にいた袴姿の神職のお兄さんに声をかけた。
「あのう…この神社に、こ、古墳があると聞いたのですが…」
ノンポリのプライドを全て返上した決死の質問に、「ぼくらの七日間戦争」の時の大沢健くんのようなおっとりとしたメガネのお兄さんは一瞬困惑したようにこちらを見た。
(あ、やべ、もしかしたら知らんのかな。)
そう思ったのは、以前会長らと行った古墳アドベンチャーの際、とある施設の敷地内にあるという古墳が見つからず、そこの関係者にたずねたところ「分からない」と言われて驚いたことがあったからである。特に興味がなければ自分のテリトリーに古墳があろうが注目はしない。結構そんなものなのかもしれない。
しかし、一瞬困惑を見せたお兄さんは社務所の窓越しに静かに袴の膝をつき、穏やかな声で「ええとですね」とつぶやくと、続いてこうおっしゃったのである。
「この神社の敷地全部が古墳なんですよ」
なんと!敷地全部が古墳とな!?意外な回答にポカンとするあたくしに、お兄さんは続けた。
「こちらは本殿が小高くて敷地全体が丸くなってますでしょう?昔は古墳の上に神社を建てることが多かったようですねえ」
これには驚いた。つーことは、あたくしは古墳の上に立って「古墳どこですか?」と聞いていたわけだ。
はァそーなんですかァ!へーえ!へーえ!!
なんやらむやみに感動。神社ごと古墳って!根拠はないが、最初に感じたこの神社全体の「ちょうどいい感」はそれだったのかもしれんと妙に納得。
「…別の古墳というのがこの辺にあるかどうかは分かりませんが、この神社についてはそういうことです」
少し申し訳なさそうに言うお兄さんの最後の言葉に慌てて首を振るあたくし。
いいんです、もう十分なんです。実際ネットで見た「氷川神社付近古墳」というものが別にあったのかどうかなどもうどうでも良くなりました。
まさに「神対応」して下さったお兄さんに丁重にお礼を述べて社務所を離れ、勢いを増す雨にけぶる氷川神社の境内をあらためて見回した。
それにしても…
(古墳の上で古墳をさがしていたとは…)
「島にたどり着いたと思ったらクジラの背中だった」っていう昭和のファンシーネタを思い出す。
それにしても、野ざらしになってたり、永遠の命をもらってたり、上に神社が立ってたり…。色んな古墳があるもんだなあ。みんなちがってみんなお墓…。
これからは、上に神社が立っている古墳を「クジラ古墳」と名付けよう、と密かに心に決め、雨ふりやまぬ氷川神社をあとにした。
(今度は、晴れた日にまた来よう)
余談だが、神社の石段を降りる時のあたくしの脳内BGMが「氷雨」だったのは「氷川神社が雨」だったからにちがいない。
まあ所詮ノンポリの想像力なんてその程度のものである。まだまだ古墳にコーフンへの道はけわしそうである。
別に困らんけど。
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